2019年 6月

 古来日本人は亡き人々を尊び、お墓を守り、お墓参りを大切にしてきました。これまで日本では、家族や血縁者がひとつのお墓に埋葬され、代々引き継いでいく「家墓」が中心でした。しかし、高度成長期の産業構造の変化により若者は仕事を求めて都市部へ移り、核家族化が進みました。いわゆる「家業」というものがなくなり、地方産業の衰退や人口の減少は、家やお墓の継承・存続を困難にしました。時代とともに社会全体の構造や個々の考え方・価値観が変化し、人々の生き方が多様化する中、墓所やご供養に対する考え方やカタチも変わってきました。

 昔の霊園や墓地といえば古い墓石や塔婆が立ち並び、難しいしきたりがあって重苦しく、近寄りがたい印象だったかもしれません。現代では、四季折々の草花や緑で美しく整備された自然公園のような霊園や交通の便が良い都会的な墓所が人気を集めているようです。テレビ・新聞では終活をテーマにした特集が組まれ、自治体や企業が開催する終活セミナーやイベントも活況です。その中で「合祀墓」「個人墓」「夫婦墓」そして「樹木葬」や「海洋葬」といった自然葬など様々なお墓や埋葬のあり方が紹介されています。日々の生活圏にあり、より身近にいつでもお参りできる納骨堂もその中のひとつです。墓所は受け継ぎ、守るものからライフスタイルに合わせて選ぶものに変わりつつあります。

 しかし、個人化の進む社会だからこそ大切な人と繋がり、向き合う時間はとても大切です。喜びを伝え、苦悩を分かち合い、安らぎの時間を共有できる。いつでも気軽に訪れることができる。居心地が良く、あんしんがずっとつながる。そんな墓所を守り続けたいと思います。

雨とカエル

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2019年 5月

「死のうと思う日」
   死のうと思う日はないが
   生きてゆく力がなくなることがある
   そんな時お寺を訪ね
   わたしはひとり
   仏陀の前に座ってくる
   力わき明日を思う心が
   出てくるまで座ってくる
           坂村真民

「仕 事」
   頭のさがるのは
   年齢でもなく
   学問でもなく
   肩書きでもなく
   その人がしている
   仕事である
   貧しい人のため
   苦しんでいる人のため
   希望を失った人のため
   体を張って
   生きている
   マザー・テレサのような人である
           坂村真民

端午の節句

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2019年 4月

 先日、僧侶の研修会でヤフー株式会社 代表取締役社長CEO川邊健太郎氏のお話を拝聴しました。川邊さんが大学3年生の時、「阪神淡路大震災」そして「地下鉄サリン事件」がありました。彼は、人間は突然死ぬのだと強く感じました。はっきりした目標もこれといってやりたいこともなく、TSUTAYA(ツタヤ)でアルバイト生活を送っていました。「何かやらなくては!」と思いたち学生時代に起業し、携帯情報端末から利用できるインターネットサービスの市場創造に関わったそうです。
 川邊氏のプレゼン力は、圧巻でした。話のテンポ・ユーモア・はっきりした声・そしてリーダーシップ。すべて見習わなければと思う事ばかりです。
 そして、話はつづきました。「おそらく私たちが経験できるたった1度の2020東京オリンピック。この二度とないチャンスにどんな形でも良いから参加しよう!」と。「例えば世界中の人々が集まるこの機会に世界中の宗教者を結集し、みんなで世界の平和を願う大イベントを!」その時はみんなボランティアで参加するよう発破を掛けられました。人の心を動かし、行動へ駆り立てる素晴らしいスピーチでした。
 ちなみに、ヤフーでよく使われる言葉に「圧倒的当事者意識」があるそうです。これって、ひょっとしたら「自灯明」の事では?

芽生え 双葉

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2019年 3月

 私たちは、鏡によって自身の姿を見ることができます。自分の顔や後ろ姿など自身の眼で直接見ることができない部分も鏡を使えば見ることができます。しかし、鏡に映しても自分自身の本質(心の中)は見ることができません。昔、ある先生から「仏さまの教えは、自分自身の心の中を見る鏡だ」と教えて頂いたことがありました。清浄なる仏は私の自己中心的な姿を映し出します。
 世界一の人気を誇るスタンフォード経営大学院、さぞかし最先端のリーダーシップとビジネスを教えてくれると思いきや、実際には驚くほど人間的で普遍的なことを教えているそうです。そのカリキュラムは、何より「自分を知る」「人間を知る」ことに焦点が置かれているのです。
 「自分を知る」ことは、恥ずかしい自分、弱い自分、利己的な自分、嫌な自分の発見でもあります。それは、これから先より良い人生を生きていくために役立つ、大切な発見になるのかもしれませんね。

雛祭り

  
  
  
  
  
  
  
  

2019年 2月

 先日 大学の後輩が久しぶりに東京からの帰り立ち寄ってくれました。彼は山口県熊毛郡にある寺の住職です。老人ホームで事務の仕事をしながら寺を守っています。地名を聞いただけでも想像がつきますが、ずいぶん田舎です。寂しいことですが葬儀があるたびに門徒さんが減っていくそうです。若い人は街へ出て行き、ほとんどのお宅が高齢者のひとり暮らし。そんな彼の寺に元旦の午後、なんとベトナム人の20〜27歳の女性5名が突然参拝に訪れました。嬉しくなった彼は、何か残るものをと腕輪念珠のキットを差しあげたそうです。彼女たちはすぐに作り始め20分程で完成させた後、「讃仏偈」をお勤めし焼香、そして記念撮影をして夕刻の鐘をつき自転車で帰って行かれました。
 彼は、彼女たちが礼拝する姿をみて驚いたそうです。合掌の後、数人が三拝をする姿に「仏教国だなぁ」と子どもの頃から身につけている礼拝の作法に見入ったと感心していました。
 これから先、来日して働いたり、暮らしたりされる外国人も増えてきそうです。その中には、東南アジア仏教国の方も大勢いらっしゃるでしょう。そういう方々がたくさんお寺にお参りしてくれたら嬉しいですね!

節分

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2019年 1月

あけましておめでとうございます

 昨年12月、岡山県仏教会会長 本山先生とトラベルサライ社のお世話で世界三大仏教遺跡のひとつアンコールワットを訪れる機会を頂きました。旅の途中、添乗された方に社名の「トラベルサライ」の意味を尋ねたところ「サライは、ペルシャ語で砂漠の中のオアシス・宿・家の意味で、本当に心安まる安心の旅行をして頂きたいという思いが込められています」と説明して頂きました。

 仏説阿弥陀経の結語にもサライ(作禮)という言葉が出てきます。

    仏説此経已 舎利弗 及諸比丘 一切世間 天人阿修羅等
    聞弗所説 歓喜信受 作禮而去

    お釈迦様がこの教えを説き終わられると、舎利弗をはじめ、
    多くの修行僧たちも、すべての世界の天人や人々、阿修羅なども皆
    この尊い教えを承って喜びに満ちあふれ、深く信じ心にとどめ
    心より礼拝して立ち去ったのである。

 阿弥陀経は、東西南北上下六方すべての世界の如来が阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛し、信ずべしと勧めるお経です。阿弥陀仏の慈悲は無限です。その慈悲がいたらないいのちはありません。智慧を持つ偉い僧侶も、悩みや苦しみをもち惑う人も、自分を悪人だと思っている人も、すべての人が自分のいのちの大切さを認めてもらえる喜びを得て、大きな安心の中に包まれる「いのちの教え」なのです。

鏡餅

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  


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