2019年 2月

 先日 大学の後輩が久しぶりに東京からの帰り立ち寄ってくれました。彼は山口県熊毛郡にある寺の住職です。老人ホームで事務の仕事をしながら寺を守っています。地名を聞いただけでも想像がつきますが、ずいぶん田舎です。寂しいことですが葬儀があるたびに門徒さんが減っていくそうです。若い人は街へ出て行き、ほとんどのお宅が高齢者のひとり暮らし。そんな彼の寺に元旦の午後、なんとベトナム人の20〜27歳の女性5名が突然参拝に訪れました。嬉しくなった彼は、何か残るものをと腕輪念珠のキットを差しあげたそうです。彼女たちはすぐに作り始め20分程で完成させた後、「讃仏偈」をお勤めし焼香、そして記念撮影をして夕刻の鐘をつき自転車で帰って行かれました。
 彼は、彼女たちが礼拝する姿をみて驚いたそうです。合掌の後、数人が三拝をする姿に「仏教国だなぁ」と子どもの頃から身につけている礼拝の作法に見入ったと感心していました。
 これから先、来日して働いたり、暮らしたりされる外国人も増えてきそうです。その中には、東南アジア仏教国の方も大勢いらっしゃるでしょう。そういう方々がたくさんお寺にお参りしてくれたら嬉しいですね!

節分

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2019年 1月

あけましておめでとうございます

 昨年12月、岡山県仏教会会長 本山先生とトラベルサライ社のお世話で世界三大仏教遺跡のひとつアンコールワットを訪れる機会を頂きました。旅の途中、添乗された方に社名の「トラベルサライ」の意味を尋ねたところ「サライは、ペルシャ語で砂漠の中のオアシス・宿・家の意味で、本当に心安まる安心の旅行をして頂きたいという思いが込められています」と説明して頂きました。

 仏説阿弥陀経の結語にもサライ(作禮)という言葉が出てきます。

    仏説此経已 舎利弗 及諸比丘 一切世間 天人阿修羅等
    聞弗所説 歓喜信受 作禮而去

    お釈迦様がこの教えを説き終わられると、舎利弗をはじめ、
    多くの修行僧たちも、すべての世界の天人や人々、阿修羅なども皆
    この尊い教えを承って喜びに満ちあふれ、深く信じ心にとどめ
    心より礼拝して立ち去ったのである。

 阿弥陀経は、東西南北上下六方すべての世界の如来が阿弥陀仏の不可思議の功徳を称賛し、信ずべしと勧めるお経です。阿弥陀仏の慈悲は無限です。その慈悲がいたらないいのちはありません。智慧を持つ偉い僧侶も、悩みや苦しみをもち惑う人も、自分を悪人だと思っている人も、すべての人が自分のいのちの大切さを認めてもらえる喜びを得て、大きな安心の中に包まれる「いのちの教え」なのです。

鏡餅

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  


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