2018年 5月

 NHKおはよう日本で紹介された松本健也さん(25歳)は、程度の重い聴覚障害があり、補聴器がないとほとんど音が聞こえません。小さい頃からの夢はバスの運転手になることでしたが、その頃補聴器が必要な人はバスの営業運転免許を取ることができませんでした。そこで、松山さんが目指したのはトラックの運転手。聴覚に障害があっても大型免許は取得できるからです。
 一昨年、トラック運転手として働く松山さんに転機が訪れました。 2016年に免許制度が改正され、警音器の音が補聴器をつけて聞こえれば、免許を取れるようになりました。松山さんは無事免許を取得しバス会社への就職を希望しました。4社の採用試験を受けましたが全部ダメでした。安全面や緊急対応への不安が不採用の理由でした。  それでも就活を続け、昨年の秋、今のバス会社に就職することができました。  会社は緊急時対応のため、運転手2人で運行することにしました。
 一方で課題も見えてきました。手話が通じないため、乗客とのコミュニケーションのきっかけをつかむことができません。松山さんは、同じ聴覚障害者が営む理髪店を訪れ、店主の森崎さんから最高の笑顔でお礼を言うことを学びました。
 今、路線バスを運転している松山さんですが、この秋には、小学校の遠足を任される予定です。聴覚障害を乗り越えて夢を叶え、笑顔で頑張る姿はきっと子どもたちの心に大切な事を届けることでしょう。

金太郎」

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2018年 4月

 日本の仏教には異なる宗旨があるのはなぜでしょう。
それは、それぞれの宗祖が「自分にはこのお経が一番だ」と選んだお経が違うからなのです。
 なぜいろいろなお経があるのでしょうか?
お経は釈尊がされた説法なのです。そしてその説法は「対機説法」といい、聞く人の能力や素質に応じて説かれたものだからなのです。
 人はそれぞれ性格も考え方も歩んできた人生もすべて違います。何に悩み何に苦しむかも千差万別です。すべてが違う人々、その一人ひとりの不安や苦悩を取り除き、心安らかに生きていけるよう導くため数多くのお経があるのです。
 宗祖親鸞聖人は、燃えさかる煩悩をかかえて生きることしかできず、悟りにほど遠い自身に悩み苦しみました。そしてついに行き着いたお経が「仏説無量寿経」でした。このお経にはアミダ仏のご本願が説かれていました。すべての衆生はその能力や素質に関係なくただ念仏するだけで皆平等にお淨土へ往生するとアミダ仏が誓ってくれていたのです。聖人は「これこそ私のために説かれたお経だ」と喜び、このお経を人生の依り所とされお淨土への道を歩まれたのです。
                                              南無阿弥陀仏

菜の花

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2018年 3月

 先月、葬儀社より葬儀を依頼されました。疎遠であったご当家の意向と言うより故人の仕事の関係者や友人が多く、多数の会葬者が予測され、お寺さんがいないと体面が良くないとの話でした。お通夜に伺うと小さな会場でしたが、なるほど大勢の方がお越しでした。
 控え室に案内され、しばらくすると葬儀社の方が喪主の娘さんを連れて挨拶に入って来られました。お父様のことを伺うとあまり会っていないとの事で「よろしくお願いします」と素っ気ない様子で、退室して行かれました。葬儀社の話だと40年程前に離婚され、今回ご親族は九州から岡山に来られたそうで、二人の娘さんには元気な小学生くらいのお子さんがそれぞれ2〜3人いらっしゃいました。
 お通夜のお勤めのあと、葬儀の意味や親の思いについてお取り次ぎをさせていただきました。娘さんの目から涙がこぼれ落ちました。
 翌日、葬儀のお勤めが終わり控え室で待っていると襖一枚隔てた隣室で、喪主である娘さんが出棺に先立ち挨拶される声が聞こえてきました。型どおりのお礼が終わると言葉が途絶え嗚咽する様子が伝わってきました。そして、言葉に詰まりながら小学校の運動会の思い出を話されました。

「父と母が揃って参加してくれました。懸命に走る父の姿は、誰よりも一番カッコよく、私の誇りでした。父から一生懸命に生きることの大切さ、友の大切さを教えられました。」

 出棺の先導のため式場に入ると娘さんが近くに来られ、「本当にありがとうございました」と深々と頭を下げられました。

 40年間離れて生きた父娘の想いが繋がった素敵なご葬儀でした。
実は、この葬儀はすべてお父様が大切にした仕事仲間や友が、亡くなったお父様のためにプレゼントされたものでした。

貝合せ

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  

2018年 2月

 先日Aさんの三回忌法要が寺で勤修されました。寺との初縁は15年前、奥様を亡くされた時に始まりました。普通の会社員だったAさんですが、それは大変立派なお仏壇をお迎えし、病院に入院されるまでずっと毎月、奥様の命日のお参りをさせていただきました。本山にも分骨され、京都へも何度もご一緒させていただきました。ご法座にも熱心にお参りされ、大切な奥様の為、できることはすべてされたと思います。
 娘さんの手で本山に分骨されたAさんの三回忌法要は、奥様の十七回忌と一緒に県内に嫁がれた二人の娘さんとそのご家族のみで行われました。
 法要が終わってお灯明を消し、本堂から裏の会館へ向かうと、Aさんご家族がいらっしゃいました。てっきり車で帰られたとばかり思っていたので「食事に行かないの?」と尋ねると「そこのうどん屋さんに行きます」と答えが返ってきました。法要の会食にうどん?と思ったのと同時に「いつも父と一緒に食べたお店なので…」と言葉を続け、細い裏路地をご家族で歩いて行かれました。
 深い思いのつながる本当に温かく、ありがたいご法要でした。          南無阿弥陀仏

節分

  
  
  
  
  
  
  
  
  

2018年 1月

あけましておめでとうございます

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「一切の生きとし生けるものは、幸せであれ」
              (ブッダのことば)

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「一度きりの尊い道を今歩いている」
              (東井 義雄)

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進君の勘定書き
一、市場に行きちん         十円
二、お母さんのあんまちん     十円
三、お庭のはきちん         十円
四、妹を学校に連れて行きちん  十円
五、婦人会の時のおるすばんちん 十円
                 合計 五十円
   お母さんへ   進

お母さんの勘定書き
一、高い熱が出てハシカにかかったときの看病代   ただ
二、学校の本代、ノート代、えんぴつ代     みんなただ
三、寒い日に着るオーバー代               ただ
四、毎日のおべんとう代                   ただ
五、進が生まれてから今日までのお世話代       ただ
                              合計 ただ
   進へ  お母さん
                   (下村 湖人の文章から)

羽子板

  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  


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